アメリカの次期大統領であるドナルド・トランプは12月2日に蔡英文総統と衝撃の電話会談を行い、その後にこれまで長期にわたって維持されてきた一つの中国政策に対して批判を行い、米国と台湾との関係において少なくとも緩やかな方向転換がありうる可能性を示しました。しかし、これまで常に駆け引きの人生を送ってきたトランプは、別の思惑を抱いている可能性があります。
著者:ピーター・エナヴ (Peter Enav)
ドナルド・J・トランプが米国大統領に選出され、世界はこれまで経験したことのない領域に入りました。トランプは政府機関や軍隊での経験を全く持たない、初の米国大統領となります。テレビのリアリティ・ショーにおいてホストを務め、ニューヨークを拠点として不動産の帝国を築いた彼は、重要な国内問題や国際問題において一貫した政策の立案経験がありません。知的好奇心に欠けた彼の態度は、彼の今後に関して一層の不透明さを加えています。19ヶ月にわたる大統領選において、彼はいくつかの明確な政治的見解を打ち出してはきました。メキシコ人は強姦魔であり米国から追い出す必要がある、ムスリムはテロリストであり米国への入国を許すべきではない、数々の米国指導者が略奪的な外国との貿易協定を結ばされ、米国経済を根底から弱体化させた―こうした声明は、発言者の深い思想を繊細に反映しているというよりは、米国の選挙民に見られる偏見によって引き起こされたと考えられますが、それでも誇張にすぎないかもしれません。
まだ判断する時期ではないでしょう。
外交はこの不可解なトランプの世界観においても、特に分かりにくい部分といえます。少なくとも表面上は、トランプの外交上の立場(彼が立場を表明した数少ない例を挙げれば)は、過去70年間にわたって米国の決断を左右してきた偉大な権力原則をほぼ全面的に否定するように見えます。こうした原則には、世界政治の対処における西側同盟での中心地位、自由貿易に対する一貫した支持、東アジアおよび東北アジアにおいて堅固なアメリカの存在感を維持する義務などが含まれます。
トランプはそれら全てに背を向けているように見えるのです。歴代の米国大統領とは明らかに異なり、彼は中央ヨーロッパにおけるロシアの勢力拡大を防ぐための政治的/軍事的砦としてのNATO支持は堅持しない、と表明しました。実際に、彼はロシアの指導者、ウラジーミル・プーチンを中東地域において連携可能な人物と見なしています。たとえそれが、バルト海諸国や旧ソ連の他地域におけるロシアの勢力拡大を許すことを意味するとしても、です。
トランプはまた、特にNAFTAやTPPといった、不利益を被る可能性のある自由貿易協定に対して一貫して、反対意見を表明しています。彼によれば(全く的外れなわけではありませんが)、それらはアジアやラテンアメリカ諸国の利益を優先してアメリカの中産階級や労働者階級を弱体化させるものです。最後に、彼は日本と韓国に対して、西太平洋における米国の防衛網の利益を享受しつつ、その維持にかかる費用を負担していない、と非難しています。この見解は、韓国や日本における核武装、当該地域における中国の勢力拡大、あるいはその両方の可能性を開くかもしれません。当然のごとく、これはトランプの初期的な外交見解においても、最も論議を呼んでいるものの一つです。
上記の全ては、すっかり評判となった、12月2日にトランプと蔡英文が交わした電話会談につながってきます。彼らの会談が波紋を引き起こした、というだけでは、米国の外交組織における激怒の様子を伝えるに十分ではありません。次々と、米国国務省とマンハッタンのアッパー・イースト・サイドにおいて、外交上の卓越したベテランが、全くの無知、無茶な冒険主義、あるいは未確定の台北空港周辺ホテル建設プロジェクトでのビジネス上の利益確保のために、何十年にもわたって築かれた繊細な外交努力を反故にしたことを非難しています。
オバマ大統領の下で国家安全保障会議のアジア上級部長を務めたエヴァン・メディロスは、そうした憤りの代表で、トランプ-蔡電話会談は中国-米国関係における取り返しのつかない崩壊につながる可能性がある、との予測を示しています。電話の直後、彼はファイナンシャル・タイムズにこう語っています。「意図的であったのであれ、偶発的であったのであれ、この電話会談により中国がトランプの戦略的意図に対して抱くイメージは決定的にマイナスに傾くだろう。こうした動きを見せることで、トランプは米国-中国関係において長期的な疑惑と戦略的な敵対関係の基礎を固めている。」
メディロスの慌てた対応は、少なくとも1979年に米国が外交的な認識を台湾から中国へ正式に移行した時点から、米国-中国-台湾の三者間における三角関係を動かしてきた脆い外交構図を長期的に支えてきた米国の外交エリートの見解を反映しています。「一つの中国」政策(これに則り、台湾は中国の一部であるという中国の方針を米国は認めています)に基づき、この構図は中国を基本的には満足させてきました。これが台湾の外交上の合法性を否定していることが理由ですが、一方中国に対して台湾海峡を越えて侵略することをためらわせるだけの理論的堅固さを持った、意図的にあいまいな米国の安全保障の範囲内に台湾を置くことで、台湾政府の利益にも適っていました。米国にとっての主な利点は、同地域を平和に抑えておきつつ、中国と台湾の両方における利益追求をあきらめずに済む点が挙げられます。
しかし台湾海峡の両岸政府が、不可分の中国領土の唯一の支配者として自らを位置付けていた1979年から、状況は大きく変化しました。1979年には存在すらしていなかった、台湾の民主進歩党(DPP)は、今や台湾の事実上の独立を維持することにほぼ全ての努力を傾けています。その主な理由は、同党が中国を一定の距離に保つ必要のある全くの外国であると見なしているからです。台湾は中国の一部であるという中国政府の主張を受け入れた最後の台湾総統である馬英九は、1年足らず前に、自らの親中的な国民党(KMT)が選挙で大敗したことによってその信条のつけを払うことになり、今日では多くの台湾人の笑い種となっています。彼の存在感の無さを裏付けるように、これまで以上に多くの人が自らの素性をより強く台湾人として(中国人ではなく)捉えるようになっています。中国を信頼していないことも原因ですが、中国が彼らにとってあまり意味をなさなくなっていることも原因です。時代は変わったのです。
台湾人の新たなアイデンティティの台頭それ自体が、台湾海峡における1979年以降の米国の政策を無効にするだけの力を持っています。しかし、同領域にて、それをさらに侵食する別の動きが進展しています。中国の軍事力の急速な増大です。米国国防省では、中国は2020年までに台湾を充分に侵略可能になる、と見ています。中国が軍事力の近代化を真剣に推し進めていることに加えて、台湾が抑制力のある防衛体制を構築できていないことが理由です。さらに悪いことに、中国は南シナ海において軍事力を益々誇示させつつあり、該当地域における経済的および外交的影響力全体を強めつつあります。これにより、中国政府が米国の外交構図につきものの大幅な制限に嫌気を感じ、台湾に対して近い将来、一方的な侵略を開始する可能性が高まっています。米国が弱すぎるか、防衛に興味がないと中国が感じていれば、なおさらです。時間の問題と言えるでしょう。
これらすべての要素は、トランプ-蔡会談をより一層興味深いものにします。会談を批判する人々は、台湾-中国-米国の非常に複雑な関係を理解しない人物が必要な準備を行わずに実行した、と言います。ここで暗示されているのは、まだやり直しがきく、ということです。特に、1月20日にトランプが国務省やその他の官庁における中国通の官僚と向き合った後においては。
しかし、別の見方も存在します。これは以下の重要な指標に基づいています。
- トランプは蔡と会談した際に中国-台湾-アメリカ間の関係における微妙な点を理解していなかったかもしれませんが、だからといって彼が台湾の状況に全く無知だったとは言えません。早くも2011年には、台湾からのアメリカ製F-16 C/D戦闘機の購入要請をオバマ内閣が断る決断を下したことに対して、彼はツイッターで不満を表明しています。どう考えても、台湾海峡における複雑な防衛機構について少なくとも多少の理解はあったことを示唆しています。蔡との会談に対する広範な批判に直接応え、彼はツイッターにこう発信しました。「米国は台湾に数十億ドルもの武器を販売しているのに、祝電一つ受け取れないとは奇妙なものだ。」彼が事態を理解していることを示唆するもう一つの証拠です。より核心に迫っているのは、彼が12月4日に発信した反中国的なツイートです。そこでは、中国の収奪的な貿易政策と、南シナ海における攻撃的な姿勢を批判しています。蔡との会談を合わせてみると、トランプは過去37年間にわたって米国と台湾/中国との関係を支配してきた「波風を立てない」という方針を完全に転換することを考えているように見えます。これは明らかに大きな逸脱です。
- 蔡との会談は非常に注意深く計画されたことを示す有力な証拠があります。この会談は元米国上院議員、共和党の大統領候補者であったボブ・ドールが、恐らくエドウィン・フュルナーの助力を得て、準備したものと見られるのです。フュルナーは、ワシントンを拠点とする保守系シンクタンク、ヘリテージ財団の元代表で、台湾の複雑な立場に強く同情しています。トランプから首席補佐官に指名されたラインス・プリーバスも関わっていた可能性があります。重要なことに、会談はトランプが米国における中国通の長老、ヘンリー・キッシンジャーと会って後しばらくして起こりました。キッシンジャーは長年、世界支配に最も都合がよいのは中国-米国による共同統治である、と考えてきました。トランプがキッシンジャーの考えよりも明らかにドールやフュルナー達の台湾寄りの思想を支持していることは、米国の外交組織における中国妥協派に警鐘を鳴らすでしょう。特に、米国のほとんどの指導者がこれまで元国務長官(キッシンジャー)に対して見せてきた盲目的な服従に照らし合わせると、なおさらです。矛盾するのか、あるいは妥当な動きなのかはわかりませんが、トランプが蔡英文と会話を交わしていたちょうど同じ時期に、キッシンジャーは中国の指導者である習近平と北京で会っていました。
- トランプはほぼ間違いなく、外交上の通例を打破しようとしており、米国の外交および国防施策に関し、旧例に捉われない思考を持った人物を側近に任命しています。そのうちもっとも型破りな人物の一人が、極端な反イスラム主義に加えて、ロシアの指導者であるウラジーミル・プーチンへかなりの同調を見せて評判となった元陸軍中将のマイケル・フリンです。(彼の対中国政策への主な関りは、中国政府が過激イスラム組織への支援を行っているという、論議を呼ぶ主張に基づいています。)今や大統領補佐官に指名されているフリンは、米国の外交方針と実行において、大きな影響力を行使するはずです。もう一人はトランプの舞台裏でコンシリエーレ(マフィアの顧問)を務めていた、ブライトバート・ニュースの元代表であるスティーブ・バノンです。彼もまた、フリンと同程度に強烈な反イスラム主張を掲げています。トランプが国務長官に指名したレックス・ティラーソンは、トランプが公に敬意を表明している堅固なビジネス上の手腕を有しており、エクソンモービルでロシアとの数々の大型契約を結んだ経緯で、ロシアについての豊富な知識も携えています。アジアに関する限り、トランプの顧問には台湾支持派が何名も揃っています。中でも注目に値するのはカリフォルニア大学アーバイン校で経済学の教授を務めるピーター・ナバーロです。彼の著作と映画は中国の為替操作疑惑や南シナ海における攻撃的な姿勢を強く批判しています。12月21日、ナバーロは米国の貿易と産業政策を管轄するために新たに創設された組織(国家貿易会議)の代表に指名されました。彼の指名は、トランプの外交政策全体において、中国への警戒が軸を形成することの明確な表れです。もう一人、明らかにトランプに近い人物に、長年にわたって国防総省でタカ派に属していたマイケル・ピルズベリーがいます。中国の軍事力に関する彼の最近の著作(100年マラソン)は、中国の攻撃性に対して非常に強い警鐘を鳴らしており、米国が中国の意図的に誤解を招く政策表明に翻弄され続けたことを酷評しています。さらにもう一人は、ウォール・ストリート・ジャーナルの元記者であり海兵隊の将校であったマット・ポッティンガーです。中国の現場レベルでの豊富な経験を持つ彼は、国家安全保障会議でフリンの下でアジア上級部長を務めることになります。
- バノンの強い影響を受けているからというだけではなく、トランプは外交分野における米国の長年の慣習を打ち破ることができるように見受けられます。欧州とロシアに対してだけではなく、国内外において多くの違反を犯しながら、米国の外交政策において過去40年間、基本的にただ乗りを享受してきた中国に対してもです。選挙期間中、トランプは中国の為替操作疑惑やその他の収奪的な貿易政策を繰り返し酷評しており、当選したら中国から米国へ輸出される品目について45%の関税をかけることを約束しています。これはよくある選挙中の誇張表現にすぎなかったのかもしれませんが、現状を打破するという約束―彼の支持者に対して力強く、「(ワシントンの)膿を出し切る」と宣言しました―を行って選出されたのは事実です。耳障りな無政府主義的見解を携えたバノンは、トランプをその方向へ推し進める独自の立場を確保したかのように見えます。そうだとすると、米国と台湾は新たな、より親密な関係に乗り出すことを意味し、中国との関係は悪化するでしょう。これまでの神聖ともいえる中国-米国関係があったとしても、です。
ここで念を押しておきたいのは、米国と中国との関係崩壊を防ぎ、それと並行して米国政府と台湾との関係改善を阻む要素もまだ多く存在しているという点です。米国の外交組織は言うに及ばず、中でもまず米国のビジネス業界が、間違いなくそのような可能性に対して、メディア内の豊富な人脈の助けを借りて自らの利益を守るために徹底的に抵抗するでしょう。トランプ-蔡の電話会談に対する恐慌的な反応を見れば、メディアの役割を疑っている人でも一目瞭然でしょう。特にわかりやすい一例が、著名コメンテーターのレイチェル・マドゥーがトランプの外交音痴を騒々しく批判した挙句、「戦争はこうして始まる」と警告したMSNBCです。マドゥーの表面上は進歩的な観点が、中国語の抑圧的な気風よりは台湾の民主的な気風によりよく合っていることはもちろん言うまでもないことです。彼女はその点には一切触れませんでした。
メディアに加え、全ては結局は取引であり、あらゆる可能性を常に用意しておく、というトランプの駆け引き的な世界観も問題になります。トランプ自身、12月11日に彼がFOXニュースに対し、米国は「貿易を含め、中国に対して他の義務を負うよう確約させない限り(斜体は著者の強調)、『一つの中国政策』に捕らわれる必要はない」と語ったことで、台湾をこの取引の一部に加えています。この厚顔なコンディショナリティと、トランプが台湾を交渉の切り札以外の何物としても捉えていないという憂慮すべき含みを踏まえれば、彼が台湾に不利な取引をいずれ行おうと考える可能性がないとは言えません。特に、後の数世代にわたって地政学的、あるいはマクロ経済的な英雄として歴史に名を残せる可能性といった、十分に大きな見返りを得られるとすれば、です。台湾が完全に機能している民主主義国家であることは、彼にとって何の意味もありません。彼に関心があるのは彼自身のみです。
それ以外の緊急の課題の中で、北朝鮮はそうしたトランプ流取引の対象になる可能性が大いにあります。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、オバマ大統領は選挙直後に行われたホワイトハウスにおけるトランプとの会見において、世界平和と米国の国防の面でトランプが取り扱う必要のある最も大きな脅威は、北朝鮮の急速な核兵器開発である、と語りました。そこには、弾道ミサイルを用いて韓国と日本を標的にできる兵器の開発能力も含まれます。さらに悪いことに、同紙によると、今や北朝鮮政府はこうしたミサイルをオレゴン州のシアトルやポートランドといった都市へ到達させる能力を実現間近である、とトランプに伝えられているということです。同紙の見解では、そうした開発能力は明らかに地政学的にこれまでの状況を覆すものであり、特に北朝鮮の指導部の変化の激しさや予測不可能性を考慮するとなおさらです。
同紙の記事が正しいと仮定すると、トランプには中国に対して選挙活動中に行った非難の数々、特に中国からの米国輸出製品に対して45%の関税を課すと繰り返してきた内容を、もう一度使用する大きな後押しを受けたことになります。これは、北朝鮮政府を抑える唯一の方法は、北朝鮮を手なずける役割を中国政府に持たせることだ、という米国政府が長年にわたって維持してきた信条を反映しています。中国のみが米国の利益に即するように北朝鮮の行動を左右できる、というのがその理由です。もちろん、過去15年間において、この手法はほとんど効力を持ち得ませんでした。対北朝鮮政策における選択肢を列挙する際、その事実はほとんど無視されています。
ここで、トランプの駆け引き的心理が台湾の位置付けに絡んできます。トランプの任期初期において(おそらく北朝鮮の核実験が再度行われた後)、中国政府が北朝鮮に核軍備を解除するか、核兵器開発能力を弱めざるを得なくなるような経済的、政治的圧力を強める確固たる約束を携え、トランプに接近する可能性は大いにあります。中国は計算し尽くした上でこの動きに出るでしょう。まず、北朝鮮政府が崩壊に至るほど弱体化し、数百万ものやっかいな北朝鮮難民が中国の東北地方に押し寄せ、朝鮮半島において親米的な政府を樹立するお膳立てとなる、などといった可能性を含め、北朝鮮に真っ向から対決することで大きなリスクを背負っていることを強調するはずです。ほぼ確実に、そのようなリスクを背負う相当の見返りを要求するでしょう。そこにはおそらく台湾が含まれます。なかんずく、米国製武器の台湾への完全な販売中止、あるいはさらに悪くすれば、台湾をいずれは中国の支配下へ戻すための大規模な交渉基盤が作られる可能性があります。
トランプはそのような取引に応じるでしょうか?彼は応じるだろう、と考える理由の一つに、一貫して自己中心的な性格と、常に称賛を必要とする性質に反映している、おべっかとへつらいに彼が明らかに弱い点が挙げられます。中国側は間違いなく彼の心理を理解しており、自国の利益になると考えればそこを最大限に利用しない手はありません。ここでのトランプの脆弱性は、彼の反中的な偏見と側近の顧問の一部における台湾支持を考慮したとしても、彼の新内閣において台湾が直面する最大の危機であるように見えます。彼がその罠に堕ちるかどうかは、台湾の今後数ヶ月から数年における将来を憂慮する人々全てにとって、彼の大統領任期において最も興味深い観点の一つであり続けるはずです。
ピーター・エナヴはAP通信の台湾特派員を2005年から2014年にわたって務めました。
More from カテゴリーなし
トランプ政権における対台湾・中国政策の矛盾と不確実性は続く
トランプ政権の課題は、なんだろうか。台湾と中国に向けたアメリカの外交政策は、台湾中国関係にこれ以上悪影響を及ばさないよう、そして、米中間で紛争が発生しないように調節することであろう。 ドナルド・トランプ氏の当選から約2か月が過ぎようとしている。しかし、多くの政策分野と同じように、外交政策においても、来たるトランプ政権は、依然として不確実性と矛盾を露呈するだろう。特にトランプ政権の対台湾・中国政策においては、それがより明らかであろう。 台湾、中国、さらにはアジアに特化していない外交政策のキーパーソンたち 大統領に選ばれたトランプ氏は、外交・貿易政策に関する重要な役職を現在指名している。しかし、指名を受けた人が、上院の同意を必要とすることが言うまでもないが、アメリカと台湾、そしてアメリカと中国の関係への影響を推し量ることは困難である。 外交政策の高官に指名されている候補者たちは、ロシアや中東、イラク戦争やシリア内戦、そしてアフガニスタン戦争やテロリズムには豊富な経験と知識を持っているものの、その多くはアジアに関する経験が不足している。国連大使に指名されているNikki Halleyは、まったく外交に関する経験は皆無である。また運輸省長官に指名されており、上院のMitch McConnelの妻でもあるElaine Chaoも幼少期は台湾で過ごしたが、彼女が2009年に台湾を訪問した際には、中国語も話せず、台湾について全く知識がないことが明らかになった。 台湾や中国、そしてアジアに対する知識と関心の欠如は、トランプ氏の選挙活動中の発言からもうかがえる。トランプ氏の外交政策綱領には「台湾」も「中国」も言及されておらず、「貿易」に関する章の中で中国の貿易について批判されているだけであり、台湾については一切言及されていない。 財務省高官への被指名者と中国の密接なつながり しかし、皮肉にも、財務省長官として指名されているSteven Mnuchinは中国と関わった経験を持っている。彼は銀行家、投資家として中国に関わっており、これは中国に対して財政と貿易で厳しい政策を行おうとしているトランプ政権の意向と反している。中国との友好関係を構築しようとした人物はほかにもHenry KissingerやJohn Thortntonなどがいる。 さらには、Politicoによれば、トランプ氏はゴールドマン・サックスのナンバーツーのGray Cohnを合衆国行政管理予算局に呼ぼうとしているようである。ゴールドマン・サックスは米中間貿易への投資と友好関係の構築に取り組んでおり、これもまた、中国に対して厳しい政策を実施しようとしているトランプ氏の方針とは逆行している。 また、現在合衆国商務長官に選ばれようとしているWilbur Rossも、富豪で、熱心な中国現代アート収集家でもあり、中国の経済にとって大きなリスクにさらされるという理由でTPPを反対する発言などから見ると、アメリカの対中国貿易赤字を解決するふさわしい選択とは言えないだろう。 親台湾派の指名 加えて、台湾支持者の多くと米中間の不安定な関係を批評する批評家たちは、最近のニュースとアジア政策をうまく進めるために親台湾派の役員を採用するという噂に元気づけられてもいる。 元海兵のMatt Pottingerは、国家安全保障会議のアジア専務理事に就任するのではないかとうわさされているのだが、彼は海兵に志願する前にウォール・ストリート・ジャーナルの特派員として中国へ赴いており、2005年12月の記事で、彼は、中国を非民主主義的な国家として批判するような文書を書いている。 そのほかにも、トランプ氏は、アジアについてトランプ政権にアドバイスを提供してくれるアドバイザーとしてStephen YatesやDan Blumenthalなどの人物の起用を考えているのだが、彼らは頻繁に台湾を訪れる人物たちなのである。 さらに、中国との貿易を厳しく非難するPeter Navarroを新設の国家貿易会議のリーダーとして採用することをトランプ氏はすでに決定したようである。Peterは『チャイナ・ウォーズ 中国は世界に復讐する』というような中国との貿易戦争の勃発を指摘する本を出版している。 トランプ政権内の矛盾 完全に異なる生い立ちや経験、そして価値観を持つ人間をトランプ氏の方針に沿った外交政策の重要なポストに選出する難しさをよそに、トランプ氏は誰からアドバイスを受けるのか、また、彼が自分の意志を表明したら、それに専念するのかどうかという問題もある。対台湾・中国向けのトランプ氏の政治意志にはすでに矛盾がみられる。 中華民国総統の蔡英文氏がトランプ氏に対して大統領選挙の勝利を称賛する電話を掛けた時には、アメリカと台湾の結びつきをより強化することを臨んだ人には幸福感を与えたが、その一方で、1972年からの対中国・台湾政策を神聖視していた人々にとっては落胆する出来事であった。この電話は意図的であり、台北と北京に重大なシグナルを発した。 なぜ中国ではなくロシアに関心が集まるのか トランプ政権が直面するであろうもう一つの迫りくる矛盾は、極端に対照的な対ロシア、対中国外交政策である。ロシアと中国は親密な軍事関係を持ち、そして国際問題や地域的な問題に対して常にアメリカの政策に対抗するような同じような考え方をもっている。ロシアの大量の核兵器と高い軍事技術を除けば、中国こそが言うまでもなくはるかに重要で印象強い国である。経済と貿易の点から考えると、中国はアメリカにとってロシアより重要な国であることは明らかである。しかし、トランプ氏はロシアとの関係を発展させようとしている。 難航する米中関係と改善の余地がある米・台湾関係 アメリカの、対台湾政策と対中国政策が多くの矛盾と不確実性を呈することが現時点で予想されてしまうのは残念なことであるが、著者は、対台湾政策には長期的にみると改善する余地があると予想する。 アメリカの中国と台湾との外交関係は、半信半疑の不安定な体制でずっと形成され続けてきた。その中で、台湾は、民主主義国家の一つのモデルとして安定した発展を遂げてきた。その一方で、習近平政権下の中国は、政治的に退行し、地域的により好戦的な国家に変化してきた。中国との友好関係における利益の対価は見直されるべきである。 したがって、トランプ政権の課題は、なんだろうか。台湾と中国に向けたアメリカの外交政策は、台湾中国関係にこれ以上悪影響を及ばさないよう、そして、米中間で紛争が発生しないように調節することであろう。